呉清源十番碁


                                          高野圭介


呉清源の十番碁提案

1939年初夏、木谷実・怪童丸からの提案があった。
  「呉さんと私(木谷)の打ち込み十番碁・・・四番手直りの・・・」
  早速、1939年9月にその第1局が打たれたのである。

  本来、多数の棋士の登場で企画されたが、
  呉清源が勝ちまくり、彼の独壇場の観を呈してきたので、
  結果として「呉清源十番碁」となってしまった経緯がある。


写真  写真

【写真左】 対藤沢庫之助第2次打込十番碁の際の街頭演説会
【写真右】 対藤沢庫之助第2次打込十番碁の第1局対局会場の立て看板。「世紀の一戦」です。



私の手許にある『増補呉清源十番碁集』
昭和26年4月5日 増補発行 読売新聞社

購入した当時、囲碁の書籍など、殆ど無くて、
碁の勉強はこの本一冊でした。

分かっても分からなくても、ひたすら棋譜を並べるだけ。
そして、一年後に、初段を取りました。
懐かしさいっぱいの本です。

高野圭介記


対局者名
対局日
クリック
     木谷 実
第1局〜第10局
1939(昭和14)年9月28日〜1941(昭和16)年6月6日
雁金 準一
第1局〜第5局
1941(昭和16)年8月5日〜1942(昭和17)年5月4日
藤沢 庫之助
(第1次)
第1局〜第10局
1942(昭和17)年12月27日〜1944(昭和19)年8月
橋本 宇太郎
第1局〜第10局
1946(昭和21)年8月26日〜1948(昭和23)年1月
本因坊薫和
(岩本 薫)
第1局〜第10局
1948(昭和23)年7月7日〜1949(昭和24)年2月24日
高段者総当十番碁
第1局〜第10局
1949(昭和24)年7月27日〜1950(昭和25)年2月3日
本因坊昭宇
(橋本 宇太郎)
第1局〜第10局
1950(昭和25)年7月25日〜1951(昭和26)年8月9日
藤沢 庫之助
(第2次)
第1局〜第10局
1951(昭和26)年10月20日〜1952(昭和27)年7月4日
藤沢 庫之助
(第3次)
第1局〜第6局
1952(昭和27)年10月9日〜1953(昭和28)年3月4日
坂田 栄男
第1局〜第8局
1953(昭和28)年11月4日〜1954(昭和29)年6月25日
本因坊秀挌
(高川 格)
第1局〜第10局
1955(昭和30)年7月19日〜1956(昭和31)年11月27日